『ラスト・ショー』 ピーター・ボグダノヴィッチ監督

  • 2010/06/09(水) 23:10:01




この映画を観るのは3回目だったのだけど今回はかなり骨身に堪えてしまった。


映画は50年代のアメリカの退屈な田舎町を舞台に青春の夢とその終焉をモノクロ画面にのせて淡々と描いたものだ。


初めて観たのは’82年の11月。
新宿の映画館でオールナイトの一本だった。
当時も既に名作の呼び声も高かったのでかなり期待していたのだが途中で寝落ちしてしまった。(汗)

まだ21歳だった私にはただただ退屈な映画でしかなかった。


次はそれから6〜7年ほどたってからビデオで観た。

この時はティモシー・ボトムズとジェフ・ブリッジスの2人の主人公。
そしてシビル・シェパードが絡む若い彼らの恋愛模様とその別れが哀しくそして痛くて堪らなかった。
こんなに面白い映画だったのかとやっと気がついた。

自分も20代の後半になってようやくこの青春の終焉の物語に共鳴したようだ。


それからまたいつのまにかという感じでもう20年以上が経ってしまっていた。
時の流れの速さを実感する。

暗い目をしたティモシー・ボトムズや見事なダイヤのクィーン振りを魅せてくれるシビル・シェパード。
彼等には相変らずどうしたって惹かれてしまう。

でも今回はベン・ジョンソン演じる町の立役者”サム・ザ・ライオン”とエレン・バーンステインのそれぞれが語る二人の20年以上前の結ばれなかった不倫の顛末がやけに沁みる。
そしてクロリス・リーチマンのハートのクィーン振りにも・・・・・


私の目線も今や自然にベン・ジョンソンのものになってしまった。
彼の表情や視線の先にあるものを見ているだけで何故か堪らないものがこみ上げてきてしまうのだ。

古き良き時代の象徴である”サム・ザ・ライオン”。
そして彼が自分の子供のように可愛がった不自由を抱えるビリー。

この二人の死には胸を押し潰されそうになる。
大事にしてきたものはおろかもう守るべきものさえも無い。
その喪失感。

青春の終焉とともに映画が描いているもう一つのテーマだ。


私は映画を見直すということは滅多にしない。
それはやっぱり初めて観た時の感動を超えることがないからだ。

でもこの『ラスト・ショー』は見直す度に深い感動を覚える。
名作というのはこういう映画のことを言うんだろう。


故人となったベン・ジョンソンやサム・ボトムズを始めこの映画の製作に係わった全ての人に深く感謝。

そして映画の神様にも。

  ・
  ・
  ・

ついこの間は音楽の神様に感謝したばかりだというのに。(苦笑)


この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する